“渓流の女王”と称されるヤマメ
生命の息吹を感じる早春。森はゆっくりと時間をかけて、賑やかさを取り戻していく…。ターゲットは、その美しい魚体から“渓流の女王”と称されるヤマメだ。
今回の“舞台”は、埼玉県秩父市を流れる荒川水系。3月1日の渓流釣り解禁。春を待ちわびた渓流ファンが各地で一斉に竿を出し始める。渓流釣りのエキスパート、井上聡さんもそんな一人だ。渓流釣り歴45年。本流での大物釣りを始め、淡水の釣りなら何でもこなすオールラウンダーでもある。
「やっぱりね。川のせせらぎ、そしてこの雰囲気ですね、もう何とも言えないです。解禁当初は、まだ新緑も出ていないし周りがちょっと寂しいですけど、この寂しさが早春という感じで、ワクワクします」と、笑顔で話す井上さん。
埼玉県秩父市を流れる荒川水系は、富士川水系、信濃川水系を分かつ埼玉県秩父山地の甲武信ヶ岳(標高2,475m)にその源を発している。山岳地帯には、中津川、滝川、大洞川等の支川が刻む深いV狭が形成され、それらの支流を合わせながら東へと流れる。秩父盆地を中心に周囲の山々から注ぎ込む支流群は、そのほとんどがヤマメやイワナの好釣り場である。滝川や大洞川などの“険谷”もあれば、中津川や浦山川などの“里川”もある。源流部の標高は1000mを超えるが、初夏の釣り場と考えた方がよく、解禁当初は標高500m前後の“里川”を中心に釣る。
渓流の初心者にも分かりやすく名手が解説
荒川水系は、岩盤層の切り立った渓谷から開けた“里川”までバラエティに富んでいる。階段から釣り場へアクセス出来るポイントもあり、初心者でも安心して渓流釣りが楽しめる。
今回は餌釣り。使うのは井上さんが持参したキンパク(カワゲラの仲間)だ。ハリへの付け方は、尻の真ん中からハリを刺して胴の部分で抜く。いよいよ餌を川へ流す。ヤマメを始めとする渓流魚は警戒心が高いので、川へはゆっくりと近づこう。そして、振り込む時は周りに木の枝などの障害物がないか要チェックだ。井上さんは、流れの落ち込みへ投入して、徐々に緩やかな流れへと仕掛けを流して行く。だが、反応はない。「渓流はそんなにどんどん釣れる訳ではないのでテンポよく良いポイントを探って行きます」と、早々に見切りをつけた井上さん。上流へと釣り上る。
次に狙ったのは、少し落差のある落ち込みの脇にある流れのたるんだ岩陰。ゆっくり仕掛けを流して行くが…「うーん。“お留守”なんですかねー。よく岩陰に魚が入っているんですが…」。そこで、仕掛けに一工夫。オモリをほんの少し重たいものへチェンジした。そして、先程より深いポイントを探って行く。すると…「よし、来たー!」。釣れて来たのは、良型のヤマメ。解禁して間もない時期だが、元気な姿をみせてくれた嬉しい1匹だ。
ここで、このポイントにいる川虫をチェックしてみる。井上さんは、岸際の石をゴロゴロと動かしながら周辺をタモ網でひとすくい。すると、すくった落ち葉の陰から“森の住人”が次々に姿を現した。ヒラタ(カゲロウの仲間)、キンパクやオニチョロ(カワゲラの仲間)、クロカワムシ(トビケラの仲間)だ。どれも餌になる川虫たちで、この川が豊かな証拠でもある。思わず笑顔になる井上さんだったが、「必ず餌が捕れるとは限らないので、市販の餌は持参してください」と、アドバイスを添えた。イクラ、ブドウ虫、キジ(ミミズ)などである。
渓流は自然の遊園地
渓流を進めば、聞こえてくるのは川の音と鳥のさえずりだけ。都会の喧騒を離れて釣りに没頭する…。非日常を味わえる至福のとき。ここで少し早めの昼食。簡単な料理でも自然の中で食べればご馳走に早変わり。温かいコーヒーを一口すすって、チーズとハチミツを使ったホットサンドを口へと運ぶ。
「あー、美味しい。この景色がスパイスになりますよ。最高!ちょっとした道具を持ってくれば、 また楽しみが増える訳です。これも渓流釣りの楽しみです」。ただし、料理をした後のゴミは必ず持ち帰ろう。渓流マスターの井上さん曰く、「釣り人が残して良いのは足跡だけ」。
現場でしか味わえない感動が…
撮影を開始して、凡そ半日。名手・井上さんは、手を替え品を替えながら釣果を重ねていった。苔生す森を進み、魚たちとの対話を楽しんだ。
早春の渓流を舞台にした、今回の釣行。色づく前の森からは春待つ息吹を感じ、水の中では本格シーズンへ向けて準備運動をしているような、魚たちの初々しい姿があった。もう少しこの風景にふれていたい…。そんな気持ちにさせてくれた豊かな自然に感謝を込めて。
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