昼前、運河の潮が少しずつ速く西へ運ばれ出して、辛い釣りになりそうだった。「“キス天”はなしか」と諦めかけていたら笑顔の散歩者、名人が現れたのだ。何度か運河のシロギス釣りで一緒になって、様々なことを学ばせてもらった釣り人だ。仕掛けはどれも丹精が込められていて、その勉強ぶりには何度も驚かされていた。その名人が「釣りは今からだ、潮が走り出してからがいい釣りが出来る、根掛かりを恐れずにサッサッと巻くのだ」という。ミオ筋に投げてコリコリ巻きにかかる。餌がミオを出て平坦な底を這いだすまで辛抱して巻く。当然オモリは流されるが、構わず巻き続ける。仕掛けは弧を描きながら寄って来る。と、突然ゴン!と来た。大きい。また投げる、また来た。こんな時は最後まで潮に乗り続けなければならない、「今だ、励め」と、名人の叱咤を受けて投げ続ける。景気よく2連で掛かることもあった。潮流が速度を増していよいよ手に負えなくなるまで、シロギスは餌を追ってくれた。いつものことだが名人に出くわすと最初は混乱し、自信を失いかけるのだが、その内に刺激され、猛烈に闘志をかき立てられる。この日がまさにそうだった。家に帰ったらお隣さんからお返しに北海道のビールが届いていた。“キス天”に合わせて飲む。至福。