釣りビジョン

九月の終わり、禁漁の前日、老アングラーが福岡県の南と西の渓で掉尾の【エノハをフライで追う】 

2025年10月28日公開

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シーズン終盤、今季楽しい思いをした福岡県南部の矢部川と西部の豊前の川を巡ってみた。 実は釣行の二日前の休日に、師匠と弟子のシルバー四人でワイワイ出かけていたのだ。しかし、釣り人が賑やかなだけで川は沈黙したまま。白く冷たい川を一日かかって右往左往しただけで終わってしまった。それで往生際の悪い老アングラー、今度は一人で出かけたのであった。

矢部川でヤマメを掛ける。

日向神ダムに流れる支流でヤマメを狙ってみた。樅鶴川、御側川、剣持川、どの支流にも魚はいるがどこでも釣れるわけではない、空の加減で魚は動き魚は眠る。だがこの日は昨夜来の雨も上がって、しっとり膨れた瀬には魚が蘇っているかもしれない。

渓はまだ暗いがロッドを振る。釣りというより干からびた身魂の隅々に油を注す準備体操である。そうするうちに清潔な、淡いけれど華やかな日光が山の端から差して清浄の渓に朝が来る。

この日はスパイダーパラシュートを結ぶ。渓は蜘蛛の巣だらけ、きっと蜘蛛が雨で流されているに違いないという単純な推測だったがなんとこれに「ゴツン」と来た。

成熟しかけた魚体が水しぶきを散らし全身をくねらせ頭を振って竿を弾く。ズッシリとして、ひょっとしたら今季一番の魚かもしれない。雌か、尾ビレが擦り切れておらず、まだ産卵活動には入ってないように思えた。

ここは釣り人も多く難しい渓である。深くて強い瀬に魚はいるが、数cmレベルの正確さで追い筋をつかまえないと魚は出ない。タイトなキャストが出来ないでいる老アングラーは、相当な数の魚を誘い出せずにいるのだが、このときは雨後で魚に何か過剰に作用したものがあってフライを追ってくれたのだろう。

⇒ 【動画】杉坂研治と九州熊本の渓流

豊前でアマゴを掛ける。

ここは釣りビジョンマガジンで初めて寄稿した際に紹介した川だ。 上流にはすでに釣り人、それで下の禁漁区際から釣り上がることにした。誰の手垢も付いてないといいが。

スパイダーパラシュートを結んだまま様子を聞く。上の瀬へ、そしてまた上へ、だが瀬は黙ったままである。矢部川でこの日使用分の力を使い果たしたのか足が重い、腰にヒビが入りかけ気力に食い込まれる。創意も工夫もなくただ投げては流すを繰り返すだけになっていた。ティペットにはウインドノットが出来たままだ。 「矢部川のヤマメを最後としておけばよかった。掉尾を飾る魚としては申し分のないヤマメじゃなかったか。」と蟹の泡のように後悔があふれ出す。

もう森に近い堰の落ち込みまでやって来ていた。開かれた空はここまでで後は森の中、人の後を追うのも嫌だし身を屈めて小さい釣りをするのも嫌だった。キラキラと輝いていた秋の光が山の端で潤んで足から手元に迫る。そうだこの日これが最後なのだ、今季のフライ集大成といこうじゃないか、老アングラー、夕日にあおられて気を取り直し、しわがれた気力を絞り出してティペットを替えてみる、ドッコイショと抛る、黄色のポストが瀬の尻まで流された時だった、フライに魚が跳ねた、どんよりとした動作で竿を立てる、掛けた、すくった。

小さなアマゴだったけれど、いくら撫でても聞かずにネットの中で跳ねている。ジイちゃん、目尻に皺を刻み口を細めてウホウホとつぶやいてみる。

⇒ 【動画】熊本県川辺川×渋谷直人

 

今回の釣行、そして今シーズンのまとめ。

この釣行の翌日から渓は閉じられるが、思えば今季は大きさにおいても、ゴギを始めて掛けたということにおいてもサイコーの年であった。それぞれの魚たちが野生そのものとしての一瞬を存分に見せてくれた、そしてそのたった一匹の野生に救われて、老いて屈託していた心がどんなにかのびのびと解かれたことであろうか。

フライを仲立ちにして渓と人が交わる、人生の黄昏に立って、こんな幸せなことが他にあるだろうか。

⇒ 【動画】宮崎県五ヶ瀬川×杉坂研治

九州のエノハ、そしてヤマメとアマゴ。

九州では、ヤマメやアマゴの総称としてエノハという言葉を使うことがある。姿が榎の葉に似ているからである。

アマゴについて、九州では本来周防灘に流れる河川に棲む魚であり、大分県の大分川、大野川、山国川の漁協も本来にのっとってアマゴのみの放流を行っている。釣った魚にヤマメが混じるのは、アマゴが手に入らなかった頃の代替放流であったヤマメの生き残りか、あるいは何かの事情で混入したのではないかと漁協の関係者は語っていた。

福岡県はどこもヤマメのみを放流している。今回の記事のように豊前でアマゴが釣れたなら、それはネイティブの可能性が高いと豊前の漁協氏は言う。だとするなら、アマゴがヤマメと別れて120万年!今回のアマゴは代々川が分泌するものだけを食べて生をしのぎ、この日この瞬間、私のフライと出会ったということになる。純潔なアマゴの影に様々意外なものを秘めているらしく感じられたのはその壮大なロマンのせいであろうか。

⇒ 【動画】九州の渓に尺を追う「渋谷直人」

※記事の掲載内容は公開日時点のものになります。時間経過に伴い、変更が生じる可能性があることをご了承ください。

この記事を書いたライター

喜寿の釣人
春と秋は渓のフライフィッシング、夏は鮎の友釣り、ほかは海でキスを狙った投げ釣りなど、季節ごとの釣りを楽しんでいる。釣り場は九州が中心で、中国地方、四国へも遠征。それぞれの釣場から元気に釣り情報を発信。
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