2025年06月18日公開

熊避けの鈴を背負って、分け入っても分け入っても緑の渓を釣る。今回は数も大きさもちょっとしたものを狙いたい。できれば夢にまで見る幻のゴギを釣りたい、と高津川水系へ一泊二日の釣り旅に出た。
盛期の渓でヤマメを釣る。
もう真夏である、季節にそそのかされて変態を遂げた羽虫が、瀬の魚をあおってさぞかし渓は賑やかだろうと思われたが、小さな羽虫が飛んではいるものの瀬は穏やかでライズは無い。水温13℃。フライは盛期の瀬を制して実績充分な、破壊力抜群のエルクヘアカディス14番である。
いつも通りの最低難度のアキュラシーで狙いの瀬に抛る。うまく魚の視野に届けば喰ってくる。でも魚を掛けるより、枝を掛けることの方が多くて瀬の半分はつぶしてしまう。その都度、唇にティペットをあて傷を確かめる。一歩も二歩も立ち止まって深呼吸。ライズはないままだったがそれでも二匹、三匹と掛かる。魚はどれも大きめのEHC(エルクヘアカディス)を口いっぱい頬張ってネットの中で生き生きと跳ねていた。
昼、日陰で存分に休憩。喜寿アングラーを囲む山は緑濃く深い。ウェーダーを脱いで伸び伸び、渓歩きに難儀した足をさすって血を通わす。体を動かしただけでバッチバチ放電するくらいに充電し終わって、匹見の支流のそのまた支流へ行ってみた。解禁の日は一匹も釣れなくて、ようやくここでユラユラクルージングしていたヤマメを見ただけであった。でもその一匹で、消えかかった心の火がポッと立ち上がり新しい意志が生まれたのであった。コイツをなんとか釣りたいと思ったのである。
あれから三月経ち、木は葉を張って渓を覆っている。腰を折りたたんであのユラユラクルージングの瀬に迫る。ブラインドで抛ると同じようなのが釣れた。あの時の君か、なんて聞いてもニンゲンには聞こえない声を発して静かにエラを動かしている。
夢だった。「ゴギ」を掛ける!
午後も遅くなった、竿が振れるのはここまでか、と残された体力の最後の一滴を絞って上りつめた先の渕が開いたところだった。いきなり「ゴン」と来て、大きくはないがなかなか姿を現さない。竿を立てたり倒したり引き締めたり走らせたり、素早く糸を手繰らねば外される。魚はひるがえり、逸走遁走、それが竿先にビリビリ伝わってくる。ようやくすくって覗くと、ゴギだ。鋭く刃物めいた閃きのある尾ヒレは静かに横たわっているがエラは激しくもち上がっては閉じている。
ゴギは夢だった。
ゴギの棲む閉ざされた渓へこの老いを連れてはもう辿れないだろうと諦めかけていた黄昏の一瞬、夢が質量を伴って現れたのだった。ホイホイ喜びで転げまわりながら渓を出たのであった。
この日は益田泊。星の瞬く頃、街に繰り出してゴギの宵を楽しむことにした。
師匠と渓へ。
二日目、用事を済ませてやって来た師匠と合流。ケイタイのゴギ画像を見せる。オウと笑って、「喜寿にしてきじゅいたゴギの釣り方」。なんでダジャレをおっしゃってスタスタ渓へ歩きだす。相変わらず高風に徹して凡俗を忘れぬ師であった。今年喜寿の弟子がもうすぐ傘寿の師匠の後を追う。
この日も匹見川の支流、かねてから師匠にゴギの渓だと教えられていた川である。さて、師と交互に渓を上る。一番の学びどきである。いつもの淡々とした釣姿で瀬際に立つ師匠の細いループがスルスル解けてフライが岩の脇に落ちる。上流に向かって膨らんだリーダーがドラグまでの時間を稼いでいる。清浄の水がフライを載せて瀬の真ん中に出ていく、と「パシャッ」と跳ねた。竿が「パッ」と立ち上がったかと思うと弧を描いて震え出す。水の上で踊るように跳ねる金の輝きからゴギだということが分かる。
今度は私の番だ。
狭い巻き返しだがフラットなので岩の壁に添ってポトンと落とすことができれば喰ってくる。開いた空に注意深くバックキャストを持っていくのだ、と助言して師匠は竿先で足の位置、竿の振り方を指示する。さて抛る。フライが教えられた通りに流れて巻き返しの真ん中に出た時、「パッ」とフライが沈んだ、来た、掛けた。ヤマメと違うぞ、ビンビン重く竿を弾く。瀬から躍り出て来たのはゴギだ。
一泊二日、釣り旅のまとめ。
昨日のゴギは狙ったものでなく突然訪れた夢だった。この日のは、教えられた通りに出来て狙った通りに掛けた夢だった。
ゴギは美しかった。ニンゲンの手垢にまみれていない命があって、川が分泌するものだけを食べて世代を繋いできたと思うと声が詰まる。気候と水とが化学反応して生じた一点の奇跡が喜寿アングラーの不器用に巻いたフライを追って来たのだった。
弟子のお利口な勉強ぶりを師匠に認めてもらえたのではないか、師匠も弟子に釣らせてやったぞ感に満たされているはずだ。二人のジイちゃんはお互い幸せにまみれて帰路についたのであった。
施設等情報
島根県益田市神田町イ614
TEL:0856-25-2911
※釣り場については、高津川漁業協同組合のHPにある「高津川水系渓流釣ガイドマップ」が詳しい。ゴギの棲む河川についても記載があって釣行の際には是非参考にしてほしい。筆者もガイドマップに示された河川を一つ一つ巡るのを楽しみにしている。この記事の釣行計画もガイドマップに依るところが大きい。高津川水系渓流釣ガイドマップ 高津川漁業協同組合ホームページ
施設等関連情報
匹見町観光協会
TEL0856-56-0310
■遠来の釣り人は、維新の地萩温泉(山口県東部)、山陰の小京都津和野(島根県西部)の観光を楽しみにしていると聞く。釣りをして温泉に浸かって観光をして、という贅沢な釣り旅を楽しみたい釣り師は是非。
■釣り場周辺は熊の出没があり入渓の際には熊対策を十分にしていただきたい。筆者は嘗てこの記事の紙祖川周辺で熊を二度目撃している。慎重を期すなら釣行前に「益田市熊目撃情報」で検索すれば、詳細な情報にたどり着くことが出来る。
この記事を書いたライター
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