2025年10月24日公開
登山客以外にも多くの目的を秘める者たちが集まる黒部峡谷。今回私は、薬師沢小屋スタッフとして黒部源流部の「釣査」を決行。縦横無尽に飛び回る潜水艦たちに驚きながらも、他に類を見ない雄大さに浸かることになる。
小屋明け前の黒部源流部
黒部源流部には幾多の山小屋があるが、今回私が山小屋暮らしをすることになったのは薬師沢小屋である。峡谷に魅了された山釣り師たちを始め、沢登り趣向者がこぞって集まる特殊な空間なのが事実。
太郎平小屋に配属されていた時期、大東新道方面へ小屋明け整備に向かい見た渓相は、眠りから覚める前の大渓谷である印象が強い。水量も多く渡渉にも一苦労、河川以外の領域では足先を雪面に向かって蹴りだしながらの進行を余儀なくされる。
7月に入ると薬師沢小屋の門が開かれ、シーズン中多くの老若男女が出入りするが、その直前で小屋番から「釣査」指令が下る。日々の喧騒から逃れるように、黒部峡谷に癒しを求めてくる山釣り師たちが求めるのは黒部イワナの活性具合という生きた情報だ。
小屋スタッフとして釣り竿と弁当を持ち、黒部源流部に繰り出すほど誇らしい仕事があるだろうか。
静寂に包まれた大渓谷の姿
同小屋スタッフの若者と共に、黒部峡谷の散策へ。
小屋前の吊り橋上からでも、イワナのライズが確認できるほど圧倒的な豊かさを見せつけてくる渓。そんな中、テンカラ釣りに射止められてしまったのが同行者だ。初年度の小屋勤務の際は、毎日暇を見出しては渓に繰り出していたらしい。
雪渓と水量の程度をリスクマネジメントし、危険個所もないか確認する。若者はテンカラで先行し、私はルアーフィッシングで後続といったお互いに重箱の隅をつつく作戦で臨む。
小屋運営が開始となれば、イワナたちは隅に隠れ簡単には姿を見せてくれなくなる時期もある。多くの山釣り趣向者とイワナたちはお互いに共存できないという事実は実に皮肉であるが、静寂に包まれた黒部峡谷にどっぷり浸かることができる立場になれたことは筆舌に尽くしがたい。
磨き抜かれた洗練さを出す黒部イワナたち
晴天に包まれさっそく毛鉤が宙を舞い着水、黒部源流部に漂う今シーズン初のナチュラルドリフトであることは釣り師として光栄だろう。大場所でもない反転流の領域でキャスティング動作の確認であったのにも関わらず、潜水艦たちは見逃さない。
余りにも大きくしなる竿から手繰り寄せることも一苦労である姿を見れば、さぞ大物がかかったのかと思うだろうが、これが黒部源流部の風物詩である。
大きな岩陰をめがけ、アップストリームスタイルで水深にバルサミノーを叩き込む。後続であっても守備範囲が明確に分かれるため、お互いの邪魔にならないのは楽である。
大きな黒い影が勢いよく飛び出し喰らいつくため、慌てて足元まで手繰り寄せるとその姿に感動。激流の中、主導権を握るべく発達したであろう大きな頭部と鰭は、日本各所の源流部の中でも黒部峡谷の特徴であろう。
芸術作品とも思える模様には、思わずため息を漏らしながら若者と目を合わせた。
優美な黒部峡谷に佇む「大源流の小さな家」
源流部のため大きく頭上が開けている環境下では、のびのびとキャスティングが可能で心労がまったくない。今シーズン初めて見るであろう疑似餌に対して、容赦のない攻撃を仕掛けてくる黒部イワナたちの勢いは止まることを知らない。
黒部源流部には多くの沢があり、その中の一つの区間を抽出して今回臨んだため、決して長距離ではなかったのだが、二人合わせて120匹以上の魚体を見ることになった。実際は同時にライズしたり足元を走る個体を挙げ始めたら、頭がオーバーヒートする位の潜水艦たちがいたことになる。
あれだけ笑いあった序盤とは打って変わり、お互い無言で釣り続けるという状態は幸か不幸か分からない。弁当にかじりつきながら小屋への到着と共に、「釣査」結果を小屋番へ報告。
シーズン開幕を告げるベルを黒部源流部に鳴らす予定が、逆にこちらが大きく打ちのめされたと言っても過言ではない摩訶不思議な状況に、思わず笑ってしまった。毎年倒壊を逃れながら、黒部峡谷に佇む「大源流の小さな家」という表現が似合う薬師沢小屋。
生粋の山釣り師たちは、来シーズン開幕を告げる一番槍となるべく「大源流の小さな家」を拠点とし、黒部峡谷の潜水艦たちに出会うのを推奨する。
この記事を書いたライター
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